かった。
ボーイは居なかった。その代りに若い女ボーイが一人居た。大柄な肥った女で、近頃はやる何とかいう不思議な髪を結《ゆ》って、白いエプロンを掛けていた。
前のボーイはどうしたのだろう、聞いてみたいと思いながらもとうとう何も聞かずにそこを出た。
何だか少し物足りないような心持になって、そこらのバラックの街を歩いた。自分の頭の中にある狭い世の中の一角が、それは小さな一角ではあるが、永久に焼払われたような気がした。何故だろう。
今まであの店の部屋の古風な装飾なり、また燕尾服《えんびふく》を着たボーイなりが、すべて前の世紀の残りものであったのが、火事で焼けたこの機会に、一足飛びに現代式に変ってしまったのだというような気がした。そして、事によると、あのボーイはその前世紀から焼け出されて、しかも今の世紀に落ち付く家がなくて、困っているのではないかというような想像もした。
それからしばらくしてまた行ってみると、私の頭にはもうここに居なくなったはずの昔のボーイがちゃんと出て控えていた。聞いてみると病気で休んでいたというのである。私はいつもながらの自分の任意な空想に欺されたのだと思って可笑《
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