火災は、この洋食店の辺も残らず灰にしてしまった。一、二月もたって近辺にぽつぽつバラックが建ち並ぶようになった頃に、思い出して行ってみたが、その店はまだ焼跡のままであった。料理場の跡らしい煉瓦《れんが》の竈《かまど》の崩れたのもそのままになっていた。この辺は地震の害もかなりひどくて人死にも相応にあったというから、ここの家の人々にもどういう怪我がなかったとも限らないと思った。そして、あのボーイが無事であったかどうか聞いてみたいような気がした。
 それから三月ほど後に、再びここを通ってみたら、いつの間にか、バラックが出来上がって、開業していた。這入《はい》ってみると、すべてが昔とはまるでちがった感じを与えた。よく拭き込んだ板敷の床は凸凹だらけの土間に変り、鏡の前に洋酒の並んだラック塗りの飾り棚の代りには縁台のようなものが並んで、そこには正札のついた果物《くだもの》の箱や籠や缶詰の類が雑然と並んでいた。昔は大きな火鉢に炭火を温かに焚《た》いていたのが、今は煤《すす》けた筒形の妙なストーブのようなものが一つ室の真中に突立っていた。石を張った食卓は冷たくて、卓布も掛けず、もとより花も活《い》けてな
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