形ばかりの庭ではあるが、ちょっとした植込みに石燈籠や手水鉢《ちょうずばち》などが置いてあった。そして手水鉢にはいつでも清水がいっぱいに溢れていた。
ボーイはただ一人で間に合っていた。それは三十を少し越したくらいの男であった。いつでもちゃんとした礼装をして、頭髪を綺麗に分けて、顔を剃り立てて、どこの国の一流のレストランのボーイにもひけを取らないだけの身嗜《みだしな》みをしていた。
何もこの男に限らない事ではあるが、私はすべてのレストランのボーイというボーイの顔のどこかに潜んでいるある特別な表情を発見する事が出来ると思う。それは何と形容してよいか分らない。例えば従順と倨傲《きょごう》と、あるいは礼譲とブルタリティと、二つの全く相反するものが互いに密に混合して、渾然《こんぜん》としたものに出来上がったとでも云ったらよいか。これが邪魔になって、私はどうしてもこの階級の人達に対して親しみを感じる訳に行かない。
それでも永い間の顔馴染《かおなじみ》になってみれば、やはりそれだけの心安さは出来た。外に客の居ない時などには、適《たま》には世間話の一つもする事はあった。
あの大地震に次いで起った
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