おか》しくもあった。しかしそれにしてもこのボーイの外貌《がいぼう》について、一つ著しい変化の起っているのを見逃す事は出来なかった。それは、地震前には漆《うるし》のように黒かった髪の毛が、急に胡麻塩《ごましお》になって、しかもその白髪であるべき部分は薄汚い茶褐色を帯びている事であった。そして、思いなしか、眼の光にも曇りが出来て、何となしに憔悴《しょうすい》した表情がこの人の全外容に表われているのであった。
 私は別に何事も深く尋ねてもみなかった。ただ地震当時の模様など聞いたばかりで帰って来た。
 その後また行ってみると、今度はまた男ボーイは居ないで前の女がただ一人で給仕をつとめていた。あの男はまた病気でもしているのかと思って聞いてみると、先日からもう暇を取って、ここには居ないというのである。どうしてかと聞いてみると、よくは分らないが、何か間違いでも仕出かして、一度出されかかったのを、定客か誰かの仲裁で、再び元通りになっていた。しかしやはり工合が悪くて、結局自分でよしてしまったのであるらしい。
 この事件の内容については、それきりで何事も自分には分らない。しかし、それは、もしあの大震災さえ
前へ 次へ
全15ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング