ど悪趣味なものも少ないと思う。そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸を反らす晴れの舞台となり、あるいは淑女の虚栄の暗闘のアレナとなる。今北海の町に来て計らずこのつつましやかな葬礼を見て、人世の夕暮れにふさわしい昔ながらの行事のさびしおりを味わうことが出来たような気がした。
〇時半の急行で札幌に向かう。北緯四十一度を越えても稲田の黄熟しているのに驚く。大沼公園はなるほど日本ばなれのした景色である。鉄骨ペンキ塗りの展望塔がすっかり板に付いて見える。黄櫨《はぜ》や山葡萄《やまぶどう》が紅葉しており、池には白い睡蓮《すいれん》が咲いている。駒ヶ岳は先年の噴火の時に浴びた灰と軽石で新しく化粧されて、触《さわ》ったらまだ熱そうに見える。首のない大きなライオンが北向きに坐っているような姿をしている。肌の色もそんな色である。しかし北側へ廻って見ると立派に対称的な火山の形を見せている。これも世界に誇るべき名山だと思う。
長万部《おしゃまんべ》から噴火湾の海岸を離れて内地へ這入る。人間の少ないのに驚く。ちゃんとした道路があるが通っている人影が見えない。畑に働いている人もめったには見付からない。勿
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