れて居る最中に、それ程とも思はれぬ天然の風景が方々で保存せられる事になるのは、せめてもの事である。ならう事なら精神的の方面でも何處かの山や森に若干の形勝を保存して貰ひ度い。こんな事を考へながら一椀の鯉こくをすゝつてしまつた。
「繪をおかきになるなら、向ふの原つぱへ御出になるといゝ處がありますよ」と教へられた儘に其の方へ行つて見る。近頃の新しい畫學生の間に重寶がられるセザンヌ式の切通し道の赤土の崖もあれば、そのさきには又舊派向きの牛飼小屋もあつた。所謂原つぱへ出ると、南を向いた丘の斜面の草原には秋草もあれば櫻の紅葉もあつたが、どうも丁度工合のいゝ處を此處だと思ひ切りにくいので、とう/\其の原つぱを通り越して往還路へ下りてしまつた。道端には處々に赤く立枯れになつた黍の畑が、暗い森を背景にして、さま/″\の手頃な小品を見せて居た。併しもう少し好い處をと思つて歩いて居る中に、とう/\ぐるりと一※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りして元の公園の入口へ出てしまつた。
入口の向側に妙な細工ものゝやうな庭園があつた。其の中に建てた妙な屋臺作りに活人形が並べてあつた。鞍馬山で牛若丸が天
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