也廣い草原に高く聳えた松林があつて、其處にさつきの女學生が隊を立てゝ集つて居た。遠くで見ると草花が咲いて居るやうで美しかつた。
 腹が空つたので旗亭の一つにはひつて晝飯を食つた。時候はづれでそして休日でもないせゐか他にお客は一人もなかつた。わざ/\一人前の食膳をこしらへさせるのが氣の毒な位であつたが、しかし靜かで落着いて大變に氣持がよかつた。小さな座敷の窓には※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]の葉の黄ばんだのが蝋石のやうな光澤を見せ、庭には赤いダーリアが燃えて居た。一つとして繪にならないものはないやうに見えた。
 飯を食ひながら女中の話を聞くと、先達つて何とかいふ博士が此の公園を見に來て、此れは大變にいゝ處だから此の形勝を保存しなければいけないといふ事になり、更に裏手の丘迄も公園の地域を擴張する事になつた。「さうなると私どもは此處を立退かなければなりません」といふ。非常に結構な事だと思つた。近年急に襲うて來た「改造」の嵐の爲に、我邦の人の心に自然なあらゆるものが根こぎにされて、其の代りにペンキ塗りの思想や蝋細工のイズムが、新開地の雜貨店や小料理屋のやうに雜然と無恰好に打建てら
前へ 次へ
全33ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング