つた。登りつめると綺麗な芝を植ゑた斜面から玉川沿の平野一面を見晴す事が出來た。併し其れよりも私の眼を牽いたのは、丘の上の畑の向側に※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]の大木が幾本となく並んで其の葉が一面に紅葉して居るのであつた。其向ふは一段低くなつて居ると見えて※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]の梢の下にある家の藁葺屋根だけが地面にのつかつて居るやうに見えて居た。此處で畫架を立てゝ二時間餘りを無心に過した。
崖を下りて停車場の方へ行く道傍には清らかな小流が音を立てゝ流れて居た。小川の岸に茂る色々の灌木はみんなさま/″\の秋の色彩に染められて居た。小川と丘との間の一帶の地に、別莊らしい家が處々に建つて居る。後には森を背負ひ、門前の小川には小橋がかゝつて居る、何となしに閑寂な趣のある好い土地だと思ふ。併し此の小川の流が衞生の方から少し氣になる點もあると思つた。
電車は小學校の遠足のかへりで一杯であつた。據なく車掌臺に立つて外を見て居ると、或る切通しの崖の上に建てた立派な家の庇が無殘に暴風に毀されて其儘になつて居るのが目についた。液體力學の教へる處ではかういふ崖の角は風
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