にころがしてあつた。私が其處へ來る前から、中學の一年か二年位と見える子供が唯一人材木の上に腰をかけて居たが、私が描き始めると傍へ來て大人しく見て居た。そして何時迄も其處を離れないで見て居るのであつた。
 其内に土方のやうなものが二三人すぐ背後の方へ來て材木の上に腰かけて何かしきりに話し合つて居た。誰か其處に來る筈の人――それは多分親分か何かゞ未だ來て居ないのを待遠しがつて噂をして居るらしかつた。傍に「繪を描いて居る男」などは全で問題にならないらしい程熱心に話合つて居た。
 其内に荷馬車の音がして大勢の人夫がやつて來て、材木を轉がしては車に積み始めたので、私はしばらく畫架を片よせて避けなければならなかつた。そこで少し離れた土管に腰をかけて煙草を吸ひながら描きかけの繪の穴を埋める事を考へて居た。
 人夫の中には繪を覗きに來るものもあつた。そして色々人を笑はせる心算らしい粗暴な或は卑猥な言語を並べたりした。「あの曲つた煙突をかくといゝんだがなあ」などゝいふ者もあつた。「文展へ行つて見ろ、島[#「島」に傍点]村觀山とか寺岡[#「岡」に傍点]廣業とか、あゝいふのはみんな大家[#「大家」に傍点]だ
前へ 次へ
全33ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング