うかといふ氣がして不愉快であつた。
高壓電線の支柱の處迄來ると、河から直角に掘り込んで來た小さな溝渠があつた。此れに沿うて二條のトロの鐵軌が敷いてあつて、二三町距てた電車通の神社の脇に通じて居る。溝渠の向側には小規模の鐵工場らしいものゝ廢墟がある。永い間雨曝しになつて居るらしい鐵の構造物はすつかり赤錆がして、それが青いトタン屋根と美しい配合を示して居る。煙突なども倒れかゝつたまゝになつて何となく荒れ果てた眺である。此の工場の爲に掘つたかと思はれる裏の溜池には掘割溝から河の水を導き入れてあつた。其の水門が崩れた儘になつて居るのも畫趣があつた。池の對岸の石垣の上には竹藪があつて、其の中から一本の大榎が聳えて居るが、其の梢の紅や黄を帶びた色彩が何とも云はれない美しい。樹の影には他の工場の倉庫らしい丹塗りの單純な建物が半面を日に照らされて輝いて居る。其の前には廢工場の汀に茂つた花薄が銀のやうに光つて居る。
溝の此方に畫架を据ゑて對岸の榎と赤い倉庫と薄との三角形を主題にして描き始めた。
描いて居るすぐ傍には新しい木の香のする材木が積んであつた。又少し離れた處には大きな土管がいくつも砂利の上
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