た。電氣を焚くといふ言葉が面白かつた。日本語もかういふ工合に活用させる人ばかりだつたら、字を見なければ分らない或は字を見ても讀めないやうな生硬な術語などをやめてしまつて、もう少し親しみのあるものに代へる事が出來さうである。國語調査會とかいふものでかういふいゝ言葉を調べ上げたらよささうに思はれた。
浦和の停車場からすぐに町外れへ出て甘藷や里芋やいろいろの畑の中をぶら/\歩いた。とある雜木林の出つ鼻の落葉の上に風呂敷をしいて坐り込んで向ひの丘を寫し始めた。平生は唯美しいとばかりで不注意に見過して居る秋の森の複雜な色の諧調は全く臆病な素人繪かきを途方にくれさせる。未だ眼の鋭くない吾々初學者に取つては恐らく此れ程いゝ材料はあるまい。しかし黒人《くろうと》になれば多分唯一面のちやぶ臺、一握の卓布の面の上にでも矢張りこれだけの色彩の錯綜が認められるのであらう。それ程になるのも考へものであるとも思ふが、併し假令《たとひ》樂しみ事にしろやつぱり其處迄行かなければつまらないとも思ふ。
畑に栽培されて居る植物の色が一切れ毎にそれ/″\一つも同じものはない。打返されて露出して居る土でも乾燥の程度や遠近の
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