たんに経済界の大変動が突発してそのまま廃墟《はいきょ》になってしまった事などを知った。
 絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて廃墟のみぎわの花すすきは黄金の色に染められた。そこに堆積《たいせき》した土塊のようなものはよく見るとみな石炭であった。ため池の岸には子供が二三人|釣《つ》りをたれていた。熔炉《ようろ》の屋根には一羽のからすが首を傾けて何かしら考えていた。
 絵として見る時には美しくおもしろいこの廃墟の影に、多数の人の家の悲惨な運命が隠れているのを、この瞬間まで私は少しも考えないでいた。一度気がつくともう目の前の絵は消えてそこにはさまざまな悲劇の場面が現われた。
 利欲のほかに何物もない人たちが戦時の風雲に乗じていろいろなきわどい仕事に手を出し、それがほとんど予期されたはずの変動のために倒れたのはどうにもしかたがないとしても、そういう人の妻子の身の上は考えてみれば気の毒である。
 突然すぐ前の溝《みぞ》の中から呼びかけるものがある。見ると川のほうから一|艘《そう》の荷船がいつのまにかはいって来ている。市中の堀《ほり》などでよく見かけるような、船を家として渡って行く家族の一つであ
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