写生紀行
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)稽古《けいこ》を始めた
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二三人|釣《つ》りをたれていた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)サンドウイッチを片付け[#「片付け」に傍点]
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去年の春から油絵の稽古《けいこ》を始めた。冬初めごろまでに小さなスケッチ板へ二三十枚、六号ないし八号の画布へ数枚をかいた。寒い間は休んでことし若葉の出るころからこの秋までに十五六枚か、事によると二十枚ほどの画布を塗りつぶした。これらのものの大部分はみんなうちの庭や建物の一部を写生したものである。
静物もかかないわけではなかった。しかし花を生けて写生しようと思うとすぐにしおれたり、またこれに反して勢いのいいのは日ごとの変化があまりにはげしくて未熟なものの手に合わなかった。壺《つぼ》やりんごもおもしろくない事はないが、せっかく「生きた自然」の草木が美しく、それに戸外が寒くなくていい時候に、室内の「|死んだ自然《ナチュール・モルト》」と首っ引きをするのももったいないような気がした。静物
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