み始めたので、私はしばらく画架を片よせて避けなければならなかった。そこで少し離れた土管に腰をかけて煙草《たばこ》を吸いながらかきかけの絵の穴を埋める事を考えていた。
人夫の中には絵をのぞきに来るものもあった。そしていろいろ人を笑わせるつもりらしい粗暴なあるいは卑猥《ひわい》な言語を並べたりした。「あの曲がった煙突をかくといいんだがなあ」などという者もあった。「文展へ行って見ろ、島[#「島」に傍点]村観山とか寺岡[#「岡」に傍点]広業とか、ああいうのはみんな大家[#「大家」に傍点]だぜ、こんなのとはちがわあ」「あれでもどっかへ持って行きゃあ、三十円や五十円にゃあなるんだよ」などいうのも聞こえた。
さっきの子供はいつまでもそこいらを離れずにぶらぶらしていた。遠足にしてはただ一人というのもおかしかった。よほど絵が好きなので、こうして油絵のできて行く道筋を飽きずにおしまいまで見届けようとしているのかと思ってもみた。
一度去った荷車と人夫は再び帰って来た。彼らの仕事しながらの会話によって対岸の廃工場が某の鋳物工場であった事、それがようやく竣成《しゅんせい》していよいよ製造を始めようとすると
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