われている。今の自分から見るとこれらの画家は実にうらやましい有福な身分だと思う。世の中に何がぜいたくだと言って、このような美しく貴重な自然を勝手自在にわが物同様に使用し時には濫費してもいいという、これほどのぜいたくは少ないと思う。これに匹敵するぜいたくはおそらくただ読書ぐらいのものかもしれない。
 そんな絵を見るたびに、きっと自分も門から外へ出てかいてみたくなるのである。一歩門を出さえすれば、ついそこの路地にでも川岸にでも電車停留場にでも、とにかくうちの庭とは比較にならないほどいい題材が、もったいないように無雑作に、顧みられずにころがっている。わざわざ旅費を出して幾日も汽車を乗り回す必要などはないように思われる。しかしどうもこの東京の街頭に画架をすえて、往来の人を無視してゆっくり落ち着いて、目を細くしたり首をひねったりする勇気は――やってみたら存外あるかもしれないが、考えてみただけではどうもなさそうに思われる。せめて郊外へでも行けばそういう点でいくらかぐあいのいい場所があるだろうと思ったが、しかし一方でまたあまり長く電車や汽車に乗り、また重いものをさげて長途を歩くのは今の病気にさわると
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