て膳《ぜん》の前で楊枝《ようじ》と団扇《うちわ》とを使っていた鍛冶屋《かじや》の主人は、袖無《そでな》しの襦袢《じゅばん》のままで出て来た。そして鴨居《かもい》から二つ鋏《はさみ》を取りおろして積もった塵《ちり》を口で吹き落としながら両ひじを動かしてぐあいをためして見せた。
 柄の短いわりに刃の長く幅広なのが芝刈り専用ので、もう一つのはおもに木の枝などを切るのだが芝も刈れない事はない。芝生《しばふ》の面積が広ければ前者でなくては追い付かないが、少しばかりならあとのでもいい。素人《しろうと》の家庭用ならかえってこれがいいかもしれないなどと説明しながら、そこらに散らばっている新聞紙を切って見せたりした。「こういう物はやっぱり呼吸ですから……。」そんな事を言った、また幾枚も切り散らして、その切りくずで刃の塵《ちり》をふいたりした。
 芝を刈る鋏と言えば一通りしかないものと簡単に思い込んでいた私は少し当惑した。このような原始的な器械にそんな分化があろうとは予期していなかった。どちらにしようかと思ってかわるがわる二つの鋏を取り上げてぐあいを見ながら考えていた。なるほど芝を刈るにはどうしても専用の
前へ 次へ
全22ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング