木の多い狭い町ばかりのこのへんの宵闇《よいやみ》は暗かった。めったに父と二人で出る事のない子供は何かしら改まった心持ちにでもなっているのか、不思議に黙っていた。私も黙っていた。ある家の前まで来ると不意に「山本《やまもと》さんの……セツ子さんのおうちはここよ」と言って教えた。たぶん幼稚園の友だちの家だろうと思われた。「セツ子さんは毎朝おとうさんが連れて来るのよ。」……「おとうさんはいつになったらお役所へ出るの。……出るようになったら幼稚園までいっしょに行きましょうね。」こんな事をぽつりぽつり話した。表通りへ出るとさすがに明るかった。床屋のガラス戸からもれる青白い水のような光や、水菓子屋の店先に並べられた緑や紅や黄の色彩は暗やみから出て来た目にまぶしいほどであった。しかしその隣の鍛冶屋《かじや》の店には薄暗い電燈が一つついているきりで恐ろしく陰気に見えた。店にはすぐに数えつくされるくらいの品物――鍬《くわ》や鎌《かま》、鋏《はさみ》や庖丁《ほうちょう》などが板の間の上に並べてあった。私の求める鋏《はさみ》はただ二つ、長いのと短いのと鴨居《かもい》からつるしてあった。
ちょうど夕飯をすまし
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