して努力する時、そういう時には病的に過敏になった私の胃はすぐになんらかの形式で不平を申し出した。しかしこれは手や指を使うというよりもむしろ頭を使うためらしく思われた、芝を刈るというような、機械的な、虚心でできる動作ならばおそらくそんな事はあるまいと思われた。少なくも一日に半時間か一時間ずつ少しも急いだり努力したりしないで、気楽にやっていればさしつかえはあるまい。こんな事を考えながら私は試みに両腕を動かして鋏《はさみ》を使うまねをしてみた。まだ実際には経験しない芝刈りの作業を強く頭に印象させながら腕を動かしてみたが、腹に力を入れるような感覚は少しも生じて来ないらしかった。念のために今度は印字機に向かったつもりになって両手の指を動かしているといつのまにか横隔膜の下のほうが次第に堅く凝って来るのを感じた。
 このような仮想的の試験があてになるかどうかは自分にも曖昧《あいまい》であったが、ともかくも一つ実物について試験をしてみて、もしさわりがありそうであったら、すぐにやめればよいと思った。
 風のない蒸し暑いある日の夕方私はいちばん末の女の子をつれて鋏《はさみ》を買いに出かけた。燈火の乏しい樹
前へ 次へ
全22ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング