やばらなどの根もとに近い所は人に踏まれないためにことに長く延びて、それがなんとなくほうけ[#「ほうけ」に傍点]立ってうるさく見えだした。母などは病人の頭髪のようで気持ちが悪いと言ったりした。植木屋へはがきを出して刈らせようと言っているうちに事に紛れて数日過ぎた。
 そのうちに私はふと近くの町の鍛冶屋《かじや》の店につるしてあった芝刈り鋏《ばさみ》を思い出した。例年とちがってことしは暇である。そして病気にさわらぬ程度にからだを使って、過度な読書に疲れた脳に休息を与えたいと思っていたところであったので、ちょうど適当な仕事が見つかったと思った。芝の上にすわり込んで静かに両腕を動かすだけならば私の腹部の病気にはなんのさしつかえもなさそうに思われた。もっとも一概に腕や手を使うだけなら腹にはこたえないという簡単な考えが間違いだという事はすでに経験して知っていた。たとえばタイプライターをたたいたり、ピアノをひいたりするような動作でもどうかするとひどく胃にこたえる事がしばしばあった。ことに文句に絶えず頭を使いながらせき込んで印字機の鍵盤《けんばん》をあさる時、ひき慣れないむつかしい楽曲をものにしようと
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