した茫漠たる冬田の中に一羽くらい鴫が居るのを見付け出すということは到底|素人《しろうと》には出来ない芸当であったが、さすが専門家の要太の眼には、不思議なフィルター・スクリーンでもあるかのように、実に敏感に迅速にそれを発見するのである。
片手を挙げて合図をして「居た居た、あそこに」と云われても、どこにどんな鳥がいるのか明き盲の自分にはちっとも見えない。しかし「胸黒《むなぐろ》じゃ」などと彼は独り合点をしているのである。水平に持って歩いていた網を前下がりに取り直し、少し中腰になったまま小刻みの駆け足で走り出した。直径百メートルもあるかと思う円周の上を走って行くその円の中心と思う辺りを注意して見るとなるほどそこに一羽の鳥が蹲《うずくま》っている。そうしてじっと蹲ったままで可愛い首を動かして自分のまわりをぐるぐる廻って行く不思議な人影を眺めているようである。その人間の廻転する円の半径がだんだん小さくなるに従って、鳥から見たそれの角速度は半径と逆比例して急激に増大して来るのであるから、鳥の注意と緊張もそれに応じて急激にしかし連続的加速度的に増大を要求されるであろう。そういう、鳥にとってはおそら
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング