ぼと喰い合って小溝へ落ちそうにしてぷいと別れた。溝からの太陽の反射で顔がほてるような。要太郎はやはりねらいながら田を廻っている。どうも鴫は居ぬらしい。後の方でダーダーと云う者があるからふりかえると、五、六|間《けん》後の畔道《あぜみち》の分れた処の石橋の上に馬が立っている。その後についているのは十五、六の色の黒い白手拭を冠《かぶ》った女の子であった。馬はどっちへ行こうかと云う風で立止っていると、女の子は馬の腹をくぐって前へまわってまたダーダーと云いながら新屋敷の方へ引いて行った。鴫はやっぱり見えぬらしい。要太郎も少しだれ気味で網を高く上げて振るとバタ/\と一羽飛び出して堤を越して見えなくなった。要太郎の指をさす通りにグサ/\と下駄の踏み込む畔を伝って土手へ上ると、精の足元からまた一羽飛び出して高く舞い上がった。二、三度大廻りをして東の方へ下りた。「何処《どこ》へ下りましたぞのうし。」「アソコに木が二本あるネー。あの西の方に桑があるだろう。あの下あたりのようだ。」要太郎は黙って堤を下りて行った。堤には一面すすき野萩《のはぎ》茨《いばら》がしげって衣物にひっかかる。どう勘違いしたのか要太郎
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