って実に胸の悪い臭気をかもし出すのであった。五十年後の今日でもありありこの臭気を思い出すことができるのである。
四五人、五六人という群れになって北山おろしの木枯らしに吹かれながら軒並みをたずねて玄関をおとずれ、口々にわざと妙な作り声をして「カイツットーセ」という言葉を繰り返す。「粥釣りをさせてください」という意味の方言なのである。すると家々ではかねて玄関かその次の間に用意してある糯米《もちごめ》やうるちやあずきや切り餅を少量ずつめいめいの持っている袋に入れてやる。みんなありがとうともなんとも言わずにそれをもらって次の家へと回って行くのである。
平生は行ったこともない敷居の高い家の玄関をでもかまわず正面からおとずれて、それとなく家居のさまを見るという一種の好奇心のようなものがこれらの小さいこじきたちの興味の中心であったように見える。大概の家では女中らはもちろん奥さんや娘さんまでのぞきに出て来て、道化た面をかぶった異風な小こじきの狂態に笑いこける。そこには一種のなんとなく窈窕《ようちょう》たる雰囲気《ふんいき》があったことを当時は自覚しなかったに相違ないが、かなりに鮮明なその記憶を今日
前へ
次へ
全99ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング