きの体験
子供の時分、たぶん七八歳ぐらいのころかと思うがとにかくあまり自慢にならぬこじきの体験をしたことがある。
そのころ郷里|高知《こうち》では正月の十四日の晩に子供らが「粥釣《かゆつ》り」と称して近所の家を回って米やあずきや切り餅《もち》をもらって歩いて、それで翌朝十五日の福の粥を作るという古い習慣が行なわれていた。素面ではさすがにぐあいが悪いと見えてみんな道化た仮面をかぶって行くことになっていたので、その時期が来ると市中の荒物屋やおもちゃ屋にはおかめ、ひょっとこ、桃太郎、さる、きつねといったようないろいろの仮面を売っていた。泥色《どろいろ》をした浅草紙を型にたたきつけ布海苔《ふのり》で堅めた表面へ胡粉《ごふん》を塗り絵の具をつけた至って粗末な仮面である。それを買って来て焼け火箸《ひばし》で両方の目玉のまん中に穴を明ける。その時に妙な焦げ臭いにおいがする。それから面の両側の穴に元結いの切れを通して面ひもにするのである。面をかぶるとこの焦げ臭いにおいがいっそうひどい、そうして自分のはき出す呼気で面の内側が湿って来ると魚膠《うおにかわ》のにおいやら浅草紙のにおいやらといっしょにな
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