切りつめ眉毛を描き立て、コティーの色おしろいを顔に塗り、キューテックの染料で爪《つめ》を染め、きつね一匹をまるごと首に巻きつけ、大蛇《だいじゃ》の皮の靴《くつ》を爪立《つまだ》ってはき歩く姿を昔の女の眼前に出現させたらどうであったか。やはり相当立派な化け物としか思われなかったであろう。
去年の夏|数寄屋橋《すきやばし》の電車停留場安全地帯に一人の西洋婦人が派手な大柄の更紗《さらさ》の服をすそ短かに着て日傘《ひがさ》をさしているのを見た。近づいて見ると素足に草履《ぞうり》をはいている。そうして足の指の爪《つめ》を毒々しいまっかな色に染めているのであった。なんとも言われぬ恐ろしい気持ちがした。何かしら獣か爬虫《はちゅう》のうちによく似た感じのものがあるのを思い出そうとして思い出せなかった。
近ごろあるレストランで友人と食事をしていたら隣の食卓にインドの上流婦人らしい客が二人いて、二人ともその額の中央に紅の斑点《はんてん》を印していた。同じ紅色でも前記の素足の爪紅《つまべに》に比べるとこのほうは美しく典雅に見られた。近年日本の紅がインドへ輸出されるのでどうしたわけかと思って調べてみると婦
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