とう》させて、その液中に置けば、ある度までは透き通って見える。ウェルズはたぶんあの標本を見て、そこからヒントを得たものに相違ない。
しかし、よく考えてみると、あらゆる普通の液体固体で空気とほぼ同じ屈折率をもったものは実在しないし、また理論上からもそうしたものは予期することができそうもない。
かりに固体で空気と同じ屈折率を有する物質があるとして、人間の眼球がそうした物質でできているとしたらどうであろうか。その場合には目のレンズはもはや光を収斂《しゅうれん》するレンズの役目をつとめることができなくなる。網膜も透明になれば光は吸収されない。吸収されない光のエネルギーはなんらの効果をも与えることができない。換言すれば「不可視人間」は自分自身が必然に完全な盲目でなければならない。
そればかりではない。この「不可視人間」の概念にはかなりに根本的な科学的不可能性が包まれているようである。一見どんなに荒唐|無稽《むけい》に見える空想でも現在の可能性の延長として見たときに、それが不可能だという証明はできないという種類のものもずいぶんある。たとえば人間の寿命を百歳以上に延長するとか、男女の性を取り換
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