空に花火がぱっと開く。二人がそのほうを見る。しばらくしてぽーんと弱い爆音が聞こえる。この時間間隔がうまく行けばほんとうに花火らしい感じが出るであろう。また江上の夏の夜の情趣も浮かぶであろう。
小銃弾の速度は毎秒九百メートルほどである。それで約一キロメートル前方の山腹で一斉《いっせい》射撃の煙が見えたら、それから一秒余おくれて弾《たま》が来て、それからまた二秒近くおくれて、はじめて音が聞こえるわけである。こんな事もトーキーの場合には問題になりうるであろう。
音と光との回折や透過に関する差違はトーキーでもすでにいろいろに利用されている。酒場で悪漢が密談している間に、隣室で球突《たまつ》きのゲームをとる声と球の音が聞こえている。その音が急に高くなったと思うとドアーが開いて女が現われるというようなのは、これは、光が届かぬのに音の届く場合である。これに反して、ガラス窓の向こうで男女が何か小声で話しているのをこっちから見ているという種類のは、光を透過して音を遮断《しゃだん》した場合である。この種類の特殊な効果の可能性もまだ現在のトーキーでことごとくされているとは思われない。
目はまぶたによっ
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