象である。
トーキーの場合には、実際の音の音色は決してそのままに記録され複製されない。それは録音ならびに発音器械の不完全から来る欠点である。そのために、ほんとうの音よりも適当な擬音のほうがかえってほんとうらしく聞こえるというおもしろい現象も起こるのである。それでこの録音ならびに発音器械の不完全を利用して、近いピストルを遠く聞かせたり、人声を井戸の底から響くように聞かせたりすることも可能になるわけである。フラスコの中で歌う人造人間の歌を、さもさもそうらしく聞かせるような音響トリックもできていいわけである。これらは器械技術者と監督との協力によってどうにもなることと思われる。
映像の場合にも肉眼と写真カメラとの本質的差違のためにいろいろの問題は起こるが、これはもう周知の事でありこのためにいろいろのおもしろいトリックができるのである。 光の伝播《でんぱ》は実用上ほとんど瞬時的であるが、音の速度は常温では毎秒三百四十メートル程度である。それで三百四十メートルのかなたで花火が開けば、その音は光の傘《かさ》が開いてから一秒後に聞こえる。たとえば薄暮の水楼の欄干に男女が相対して話している。向こうの
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