こういう造化の天然の医術の幇助者《ほうじょしゃ》の役目を勤めるものであるらしい。名医はすなわちもっとも優秀な造化の助手であるかと思われる。
肉体における医者に相当して、精神の医者もあるはずである。そういう医者に名医ははなはだまれなように見受けられる。精神の胃が悪くて盛んに吐きけのある患者に無理に豚カツを食わせてみたり、精神の骨がくだけて痛がっているのに無体に体操をさせてみたり、そうかと思うとどこも悪くない人間にギプス包帯をして無理に病院のベッドの上に寝かせるようなことをする場合もありはしないかという心配がある。
それはとにかくわれわれ弱い人間が精神的にひどい打撃を受けたときに、頭がぼんやりしたり、一部の神経が麻痺《まひ》して腰が立たなくなったり、何病とも知れない病人同様の状態になって蒲団《ふとん》を頭からかぶって寝込んでしまったりする。あれもやはり造化の妙機であって、ちょうど「鎖骨|挫折《ざせつ》」のような役目をするためにどこかがどうかなるのかもしれない。
悲しいとき涙腺《るいせん》から液体を放出する。おかしいとき横隔膜が週期的|痙攣《けいれん》をはじめる。これも何か、もっとずっ
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