ている。人間の五体でもけがをするとそこが痛む。動くとひどく痛むからしかたなくじっとしている。じっとしていれば直るものはひとりで直るようにできているものらしい。もし、これがちっとも痛くなかったら平気で動き回る。動き回れば傷も骨折もなかなか直るときはないであろう。
 腸胃が悪いと腹が痛かったり胸が悪かったりするから食物を食う気になれない。もしもなんの苦痛もなかったら平気でなんでも食う。食えばいよいよ病気が重くなって行くに相違ない。風邪《かぜ》をひいて熱が高くなると苦しくて仕事ができなくなる。寝たくなる。寝れば直るが無理すると肺炎になる。
 これらの平凡すぎるほど平凡な事実の中に、実に驚嘆すべき造化の妙機のあることに今まで少しも心づかないでいたのが、今度の子供の災難に会って始めて少しばかりわかりかけて来たような気がする。
 犬や猫《ねこ》はこれをちゃんと心得ているようである。そうしてたいていのけがや病は自然の力で直してしまう。人間はわずかの知恵に思い上がって天然をばかにして時々無理なことをする。そうして失わなくても済むのに二つとない生命を失う場合が多いように思われる。
 医術というものは結局
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