っぱり出して欄へもたれて高く音読すると、艫で誰れか浮かれ節をやり出したので皆が其方を見る。ボーイにマッチを貰って煙草を吸う。吸殻を落すと船腹に引付《ひっつ》いて落ちてすぐ見えなくなる。浦戸《うらど》の燈台が小さく見える。西を見ると神島が夕日を背にして真黒に浮上がって見える。横波の入日をこして北を見ると遠い山の頂に白いものが見える。ボーイが御茶を上げましょと云うて来たから室へはいると、前の商人はあわてて席を譲って「ドーゾコチラヘ」と言う。茶をのんで粗末なビスケットを二つ三つかじる。娘は毛布をかけてねたまま手を出してビスケットを取って食っている。スグまた室を出る。鴨《かも》が沢山ついていて、釣船もボツボツ見える。だいぶ浦戸に近よった。煙突の下で立ちながらめしを食っている男がある。例のボーイが cabin からいかがわしい写真を出して来て見せびらかしながら会食室へはいったと思うと、盛んに笑う声が洩れて来た。浪がないから竜王の下の岩に躍《おど》る白浪の壮観も見えぬ。釣船はそろそろ帆を張って帰り支度をしている。沖の礁を廻る時から右舷へ出て種崎《たねざき》の浜を見る。夏とはちがって人影も見えぬ和楽
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