い》のガスの炎が深呼吸をしていた。じょさいのない中老店員の一人は、顧客の老軍人の秘蔵子らしいお坊っちゃんの自分の前に、当時としてはめったに見られない舶来の珍しいおもちゃを並べて見せた。その一つはねずみ色の天鵞絨《びろうど》で作った身長わずかに五六寸くらいの縫いぐるみの象であるが、それが横腹の所のネジをねじると、ジャージャーと歯車のすれ合う音を立てながら走りだす、そうしてあの長い鼻を巧みに屈伸して上げたり下げたりしながら勢いよく走るのである。もう一つは毛深い熊《くま》があと足を前に投げ出してすわっている、それが首と前足とを動かして滑稽《こっけい》な格好をして踊りだすと腹の中でオルゴールのかわいらしい音楽が聞こえて来るのである。
父がもしかしたら、どれか一つは買ってくれるかと思っていたが、ねだるのにはあまりに立派すぎる貴族的なおもちゃなので遠慮していたら、やはりとうとう買ってくれなかった。それから人力《じんりき》にゆられて夜ふけの日比谷御門《ひびやごもん》をぬけ、暗いさびしい寒い練兵場わきの濠端《ほりばた》を抜けて中六番町《なかろくばんちょう》の住み家へ帰って行った。その暗い丸《まる》の
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