の樹の実を尋ねて飛んで来る木椋鳥《こむくどり》の大群も愉快な見物であった。「千羽に一羽の毒がある」と云ってこの鳥の捕獲を誡《いまし》めた野中兼山《のなかけんざん》の機智の話を想い出す。
 公園の御桜山《おさくらやま》に大きな槙《まき》の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着している。噛み破ると透明な粘液の糸を引く。これも国を離れて以来再びめぐり逢わないものの一つである。
 旧城のお濠《ほり》の菱《ひし》の実《み》も今の自分には珍しいものになってしまった。あの、黒檀《こくたん》で彫刻した鬼の面とでも云ったような感じのする外殻を噛み破ると中には真白な果肉があって、その周囲にはほのかな紫色がにじんでいたように覚えている。
 公園と監獄、すなわち、今の刑務所との境界に、昔は濠があった。そこには蒲《がま》や菱が叢生《そうせい》し、そうしてわれわれが「蝶々|蜻蛉《とんぼ》」と名付けていた珍しい蜻蛉が沢山に飛んでいた。このとんぼはその当時でも他処《よそ》ではあまり見たことがなく、その後他国では
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