郷土的味覚
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寒竹《かんちく》の

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)熊本|鎮台《ちんだい》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そうけ[#「そうけ」に傍点]
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 日常の環境の中であまりにわれわれに近く親しいために、かえってその存在の価値を意識しなかったようなものが、ひとたびその環境を離れ見失った時になって、最も強くわれわれの追憶を刺戟することがしばしばある。それで郷里に居た時には少しも珍しくもなんともなかったものが、郷里を離れて他国に移り住んでからはかえって最も珍しくなつかしいものになる。そういう例は色々ある中にも最も手近なところで若干の食物が数えられる。その一つは寒竹《かんちく》の筍《たけのこ》である。
 高知近傍には寒竹の垣根が多い。隙間なく密生しても活力を失わないという特徴があるために垣根の適当な素材として選ばれたのであろう。あれは何月頃であろうか。とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生《そうせい》させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味
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