けない人であった。それはK市ではなくてA村の姉の三男が分家している先からであった。平生は年賀状以外にほとんど音信もしないくらいにお互いに疎遠でいた甥《おい》の事は、堅吉の頭にどうしても浮かばなかったのであった。
しかしこう事実がわかってみると、堅吉の頭は休まる代わりにかえってまた忙しくならなければならなかった。
第一には手跡の問題であった。小包のあて名の字は甥らしかった。それがどうしてK市の姉の手紙のあて名に似ているかが不思議であった。もしK市の姉の孫――この姉のむすこはなくなっていた――が手紙のあて名を書いたのだとすると、それがどうしてこれほどまでよく、その子供の父の従弟《いとこ》のに似ているかが不思議であった。しかしA村の甥《おい》がK市の姉すなわち彼の伯母《おば》のために状袋のあて名を書いてやったという事もずいぶん可能で蓋然《がいぜん》であるように思われた。しかしふたつの手跡は似ていると言いながら全く同じであるとは考えにくい点もないではなかった。
もう一つのわからない事は、平生別に園芸などをやっているらしくもない――堅吉にはそう思われた――甥《おい》がどうしてフリージアの根
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