思議な動機でいつも他の花を買うのであった。品のいい、においのいい花だと思ってほしがっているくせに、いつでもそばの派手な花に引きつけられていた。それで彼はこれまで一度もこの花を自分の家の中に持った事もなく、それがどんな根をもっているかも知らなかった。ただそれが球根であるという事だけを単なる知識として知っていただけである。
今そう思って見ると、この球根はそれ自身でいかにも、花として彼の知っているフリージアに適切なものらしく思われて来た。彼は球根のにおいをかいでみたりした。一種の香はあったがそれは花のにおいを思い出させるものではなかった。
フリージアだとすると、どこへ植えたものだろうと思って考えていた。彼の過敏になった想像はもうそれが立派に生育して花をつけたさまを描いていた。某画伯のこの花を写生した気持ちのいい絵の事をも思い出したりしていた。
再び通りかかった細君に「オイわかったよ、フリージアだよ、これは……」と言って説明しようとした。それからまた老母の所へ行って植え付け場所を相談したりした。
翌日になるとはたしてはがきが来た。球根はフリージアに相違なかったが、差出人は堅吉の思いもか
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