われない。[#地から1字上げ](大正九年十一月、渋柿)
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「庭の植え込みの中などで、しゃがんで草をむしっていると、不思議な性的の衝動を感じることがある」
と一人が言う。
「そう言えば、私はひとりで荒磯の岩陰などにいて、潮の香をかいでいる時に、やはりそういう気のすることがあるようだ」
ともう一人が言った。
 この対話を聞いた時に、私はなんだか非常に恐ろしい事実に逢著《ほうちゃく》したような気がした。
 自然界と人間との間の関係には、まだわれわれの夢にも知らないようなものが、いくらでもあるのではないか。[#地から1字上げ](大正九年十二月、渋柿)
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 気象学者が cirrus と名づける雲がある。
 白い羽毛のようなのや、刷毛《はけ》で引いたようなのがある。
 通例|巻雲《けんうん》と訳されている。
 私の子供はそんなことは無視してしまって、勝手にスウスウ雲と命名してしまった。[#地から1字上げ](大正九年十二月、渋柿)
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 親類のTが八つになる男の子を連れて年始に来た。
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