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山裂けて成しける池や水すまし
穂芒《ほすすき》や地震《ない》に裂けたる山の腹[#地から1字上げ](昭和五年十月、渋柿)
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新宿、武蔵野館《むさしのかん》で、「トルクシブ」というソビエト映画を見た。
中央アジアの、人煙稀薄な曠野《こうや》の果てに、剣のような嶺々が、万古の雪をいただいて連なっている。
その荒漠《こうばく》たる虚無の中へ、ただ一筋の鉄道が、あたかも文明の触手とでもいったように、徐々に、しかし確実に延びて行くのである。
この映画の中に、おびただしい綿羊の群れを見せたシーンがある。
あんな広い野を歩くのにも、羊はほとんど身動きのできないほどに密集して歩いて行くのが妙である。
まるで白泡《しらあわ》を立てた激流を見るようである。
新宿の通りへ出て見ると、おりから三越の新築開店の翌日であったので、あの狭い人道は非常な混雑で、ちょうどさっき映画で見た羊の群れと同じようである。
してみると、人間という動物にも、やはりどこか綿羊と共通な性質があるものと見える。
そう考えると、自分などは、まず
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