狸《たぬき》か狢《むじな》の類かと思って、ちょっとさびしい心持ちがした。
そうして、再びかの荒漠たる中央アジアの砂漠の幻影が、この濃まやかな人波の上に、蜃気楼《しんきろう》のように浮かみ上がって来るのであった。[#地から1字上げ](昭和五年十一月、渋柿)
[#改ページ]
女の顔
夏目先生が洋行から帰ったときに、あちらの画廊の有名な絵の写真を見せられた。
そうして、この中で二、三枚好きなのを取れ、と言われた。
その中に、ギドー・レニの「マグダレナのマリア」があった。
それからまたサー・ジョシュア・レーノルズの童女や天使などがあった。
先生の好きな美女の顔のタイプ、といったようなものが、おぼろげに感ぜられるような気がしたのである。
そのマグダレナのマリアをもらって、神代杉《じんだいすぎ》の安額縁に収めて、下宿の※[#「木+眉」、第3水準1−85−86]間《びかん》に掲げてあったら、美人の写真なんかかけてけしからん、と言った友人もあった。
千駄木《せんだぎ》時代に、よくターナーの水彩など見せられたころ、ロゼチの描く腺病質《せんびょうしつ》の美女の絵も示された記憶が
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