しい。
「お汁粉《しるこ》取りましょうか、お雑煮《ぞうに》にしましょうか。」
「もうたくさんです。」
「でも、なんか……。」
こんな対話が行なわれる。
こんな平凡な光景でも、時として私の心に張りつめた堅い厚い氷の上に、一|掬《きく》の温湯《ゆ》を注ぐような効果があるように思われる。
それほどに一般科学者の生活というものが、人の心をひからびさせるものなのか、それともこれはただ自分だけの現象であるのか。
こんなことを考えながら、あの快く広い窓のガラス越しに、うららかな好晴の日光を浴びた上野の森をながめたのであった。[#地から1字上げ](昭和五年一月、渋柿)
[#改ページ]
*
「三毛《みけ》」に交際を求めて来る男猫《おとこねこ》が数匹ある中に、額に白斑《しろぶち》のある黒猫で、からだの小さいくせに恐ろしく慓悍《ひょうかん》なのがいる。
これが、「三毛」の子で性質温良なる雄の「ボウヤ」を、女敵《めがたき》のようにつけねらって迫害し、すでに二度も大けがをさせた。
なんとなく斧定九郎《おのさだくろう》という感じのする猫である。
夜の路次《ろじ》などで、この猫に出逢
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