んなに遠くない所にありそうな気がした。[#地から1字上げ](大正十三年六月、渋柿)
[#改ページ]
[#図4、挿し絵「火鉢を囲む二人」]
[#改ページ]
*
三、四年前に、近所の花屋で、小さな鉄線かずらを買って来て、隣家との境の石垣の根に植えておいた。
そのまわりに年々生い茂る款冬《かんとう》などに負かされるのか、いっこうに大きくもならず、一度も花をつけたことは無かった。
去年の秋の大地震に石垣が崩れ落ちて、そのあたりの草木は無残におしつぶされた。
しかし、不思議につぶされないで助かった鉄線かずらに今度初めて花が咲いた。
それもたった二輪だけ、款冬の葉陰に隠れて咲いているのを見つけた。
地べたにはっているつるを起こして、篠竹《しのだけ》を三本石垣に立て掛けたのにそれをからませてやったら、それから幾日もたたないうちに、おもしろいように元気よくつるを延ばし始めた。
少し離れた所に紅うつぎが一本ある。
去年は目ざましい咲き方をして見せたのに、石垣にたたきつぶされて、やっと命だけは取り止めたが、花はただの一輪も咲かなかった。[#地から1字上げ](大正十三年七月
前へ
次へ
全160ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング