いる他の国では、存外三千年に一度か、五千年に一度か、想像もできないような大地震が一度に襲って来て、一国が全滅するような事が起こりはしないか。
これを過去の実例に徴するためには、人間の歴史はあまりに短い。
その三千年目か、五千年目は明日《あす》にも来るかもしれない。
その時には、その国の人々は、地震国日本をうらやむかもしれない。[#地から1字上げ](大正十三年五月、渋柿)
[#改ページ]
*
晩春の曇り日に、永代橋《えいたいばし》を東へ渡った。
橋のたもとに、電車の監督と思われる服装の、四十恰好の男が立っていた。
右の手には、そこらから拾って来たらしい細長い板片《いたぎれ》を持って、それを左右に打ちふりながら、橋のほうから来る電車に合図のような事をしていた。
左の手を見ると、一疋の生きた蟹《かに》の甲らの両脇を指先でつまんでいる。
その手の先を一尺ほどもからだから離して、さもだいじそうにつまんでいる。
そうして、なんとなくにこやかにうれしそうな顔をしているのであった。
この男の家には、六つか七つぐらいの男の子がいそうな気がした。
その家はここからそ
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