生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。
 樹という樹に生え広がって行った。
 そうして、その丹色《にいろ》が、焔にあぶられた電車の架空線の電柱の赤さびの色や、焼け跡一面に散らばった煉瓦や、焼けた瓦の赤い色と映《は》え合っていた。
 道ばたに捨てられた握り飯にまでも、一面にこの赤かびが繁殖していた。
 そうして、これが、あらゆる生命を焼き尽くされたと思われる焦土の上に、早くも盛り返して来る新しい生命の胚芽の先駆者であった。
 三、四日たつと、焼けた芝生《しばふ》はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄《そてつ》が芽を吹き、銀杏《いちょう》も細い若葉を吹き出した。
 藤や桜は返り花をつけて、九月の末に春が帰って来た。
 焦土の中に萌《も》えいずる緑はうれしかった。
 崩れ落ちた工場の廃墟《はいきょ》に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。[#地から1字上げ](大正十二年十一月、渋柿)
[#改ページ]

       *

 震災後の十月十五日に酒匂川《さかわがわ》の仮橋を渡った。
 川の岸辺にも川床にも、数限りもない流木が散らばり、引っかかっていた。
 それが、大きな樹も小さな
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