東大震災が起こって、東京じゅうの電燈が役に立たなくなった。これも不思議な回りあわせであった。
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]

       *

 本石町《ほんごくちょう》の金物店へはいった。
「開き戸のパタンパタン煽《あお》るのを止める、こんなふうな金具はありませんか。」
 おぼつかない手まねをしながら聞いた。
 主婦はにやにや笑いながら、「ヘイ、ございます。……煽り留めとでも申しましょうか。」
 出して来たボール箱には、なるほど、アオリドメと片仮名でちゃんと書いてあった。
 うまい名をつけたものだと感心した。
 物の名というものはやはりありがたいものである。
 おつりにもらった、穴のある白銅貨の二つが、どういうわけだか、穴に糸を通して結び合わせてあった。
 三越《みつこし》で買い物をした時に、この結び合わせた白銅を出したら、相手の小店員がにやにや笑いながら受け取った。
 この二つの白銅の結び合わせにも何か適当な名前がつけられそうなものだと思ったが、やはりなかなかうまい名前は見つからない。[#地から1字上げ](大正十二年八月、渋柿)
[#改ページ]

       *


前へ 次へ
全160ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング