ヒアシンスは、そのそばにむしろさびしくひとり咲いていた。
 その後別に手入れもせず、冬が来ても掘り上げるだけの世話もせずに、打ち棄ててあるが、それでも春が来ると、忘れずに芽を出して、まだ雑草も生え出ぬ黒い土の上にあざやかな緑色の焔を燃え立たせる。
 始めに勢いのよかったチューリップは、年々に萎縮《いしゅく》してしまって、今年はもうほんの申し訳のような葉を出している。
 つぼみのあるのもすくないらしい。
 これに反して、始めにただ一本であったヒアシンスは、次第に数を増し、それがみんな元気よく生い立って、サファヤで造ったような花を鈴なりに咲かせている。
 そうして小さな花壇をわが物のように占領している。
 この二つの花の盛衰はわれわれにいろいろな事を考えさせる。[#地から1字上げ](大正十二年五月、渋柿)
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       *

 鰻《うなぎ》をとる方法がいろいろある。
 筌《うえ》を用いるのは、人間のほうから言って最も受動的な方法である。
 鰻のほうで押しかけて来なければものにならない。
 次には、蚯蚓《みみず》の数珠《じゅず》を束ねたので誘惑する方法がある。
 その次
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