蒸籠《せいろ》から出したばかりのまんじゅうからは、暖かそうな蒸気がゆるやかな渦《うず》を巻いて立ちのぼっている。
私は、そのまんじゅうをつまんで、両の掌《てのひら》でぎゅっと握りしめてみたかった。
そして子供らといっしょにそれを味わってみたいと思った。
まんじゅうの前に動いた私の心の惰性は、ついその隣の紙風船屋へ私を導いて、そこで私に大きな風船玉を二つ買わせた。
まんじゅうを食う事と、紙風船をもてあそぶ事との道徳的価値の差違いかんといったような事を考えながら、また子供の手をひいて暮れの銀座の街をぶらぶらとあてもなく歩いて行った。[#地から1字上げ](大正十一年二月、渋柿)
[#改ページ]
*
祖父がなくなった時に、そのただ一人の女の子として取り残された私の母は、わずかに十二歳であった。
家を継ぐべき養子として、当時十八歳の父が迎えられる事になったが、江戸詰めの藩公の許可を得るために往復二か月を要した。
それから五十日の喪に服した後、さらに江戸まで申請して、いよいよ家督相続がきまるまでにまた二か月かかった。
一月二十七日に祖父が死んで、七月四日に家督
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