が落ち着いたのだそうである。
喪中は座敷に簾《すだれ》をたれて白日をさえぎり、高声に話しする事も、木綿車《もめんぐるま》を回すことさえも警《いまし》められた。
すべてが落着した時に、庭は荒野のように草が茂っていて、始末に困ったそうである。[#地から1字上げ](大正十一年四月、渋柿)
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安政時代の土佐の高知での話である。
刃傷《にんじょう》事件に座して、親族立ち会いの上で詰め腹を切らされた十九歳の少年の祖母になる人が、愁傷の余りに失心しようとした。
居合わせた人が、あわててその場にあった鉄瓶の湯をその老媼《ろうおう》の口に注ぎ込んだ。
老媼は、その鉄瓶の底をなで回した掌で、自分の顔をやたらとなで回したために、顔じゅう一面にまっ黒い斑点ができた。
居合わせた人々は、そういう極端な悲惨な事情のもとにも、やはりそれを見て笑ったそうである。[#地から1字上げ](大正十一年四月、渋柿)
[#改ページ]
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子猫が勢いに乗じて高い樹のそらに上ったが、おりることができなくなって困っている。
親猫が樹の根元へすわってこずえを見上げて
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