方では、古いよごれた帽子をかぶってうれしがっている人がある。[#地から1字上げ](大正十年十月、渋柿)
[#改ページ]

       *

 昔、ロンドン塔でライオンを飼っていた。
 十四世紀ごろの記録によると、ライオンの一日の食料その他の費用が六ペンスであった。
 そうして囚人一人前の費用はというと、その六分の一の一ペニーであったそうである。
 今の上野動物園のライオンと、深川の細民との比較がどうなっているか知りたいものである。[#地から1字上げ](大正十年十月、渋柿)
[#改ページ]

       *

 コスモスという草は、一度植えると、それから後数年間は、毎年ひとりで生えて来る。
 今年も三、四本出た。
 延び延びて、私の脊丈《せた》けほどに延びたが、いっこうにまだ花が出そうにも見えない。
 今朝行って見ると、枝の尖端《せんたん》に蟻《あり》が二、三|疋《びき》ずつついていて、何かしら仕事をしている。
 よく見ると、なんだか、つぼみらしいものが少し見えるようである。
 コスモスの高さは蟻の身長の数百倍である。
 人間に対する数千尺に当たるわけである。
 どうして蟻がこの高い
前へ 次へ
全160ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング