でいた。
 見ているうちに、奇妙な笑いが腹の底から込み上げて来た。
 そうして声をあげてげらげら笑った。
 その瞬間に私は、天と地とが大声をあげて、私といっしょに笑ったような気がした。[#地から1字上げ](大正十年八月、渋柿)
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       *

 猫《ねこ》が居眠りをするということを、つい近ごろ発見した。
 その様子が人間の居眠りのさまに実によく似ている。
 人間はいくら年を取っても、やはり時々は何かしら発見をする機会はあるものと見える。
 これだけは心強いことである。[#地から1字上げ](大正十年八月、渋柿)
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       *

「三から五ひくといくつになる」と聞いてみると、小学一年生は「零になる」と答える。
 中学生がそばで笑っている。
 3−5=−2[#「3−5=−2」は横組み]という「規約」の上に組み立てられた数学がすなわち代数学である。
 しかし3−5=0[#「3−5=0」は横組み]という約束から出発した数学も可能かもしれない。
 しかしそれは代数ではない。
 物事は約束から始まる。
 俳句の約束を無視した短詩形はいくらでも可能である。

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