っぱいに秋晴れの空が広がっている。
 そういう時にどうしたわけかわからないが、別に悲しくもなんともないのに涙が眼の中にいっぱいに押し出してくる。
 学生時代に、アヘン喫煙者が中毒からくる恐ろしい悪夢のために悩まされていたのが、突然その夢がさめて現実にかえって、片方にいる人間の顔を見た時に、涙が止め度もなく流れたというくだりを読んだ記憶がある。
 悲しいときの涙、うれしいときの涙、その他いろいろな涙のほかにこうしたような不思議な涙がまだほかにもいろいろありそうな気がする。[#地から1字上げ](昭和十年十月十一日)
[#改ページ]

       *

 銀座のオリンピックで食事をしていたら、同じ食卓の向かい側に腰を掛けて何か食っていた中年の男が新たにパンを注文した。柔らかい六角のパンを持って来た女給に「これでない堅いやつを持って来い」といって、手まねでその形をして見せた。「フレンチロールですかコッペーですか。」「ああ、そのコッペーだ。」「焼いて持って参りましょうか。」「いや焼かないで持って来い。」やがてそのコッペーを皿に入れて持って来たら「ああやっぱり焼いて持って来てくれ」といってその皿
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