こにも影をとどめなくなったらしい。
 そうして、近ごろ都会で行なわれるような、最も不純で、最も堕落したいろいろの様式ができあがった。」
 こう言ってP君が野蛮主義を謳歌《おうか》するのである。[#地から1字上げ](大正十年六月、渋柿)
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       *

 足尾《あしお》の坑夫のおかみさんたちが、古河《ふるかわ》男爵夫人に面会を求めるために上京した。
「男爵の奥様でも私たちでもやっぱり同じ女だ」といったような意味のことを揚言したそうである。
 僕はこの新聞を読んだ時に、そのおかみさんたちの顔がありあり見えるような気がした。
 そうして腹が立った。……
 いくらデモクラシーが世界に瀰漫《びまん》しても、ルビーと煉瓦《れんが》の欠けらとが一つになるか、と、どなりたくなった。……
 ヴィナスのアリストクラシーは永遠のものである。
 こう言ってQ君が一人で腹を立てている。[#地から1字上げ](大正十年六月、渋柿)
[#改ページ]

       *

 油画をかいてみる。
 正直に実物のとおりの各部分の色を、それらの各部分に相当する「各部分」に塗ったのでは、できあがった結果の
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